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2015/03/24

PACで聴いた演奏会で感じた国内オケの課題

3月のコンサートは3回、兵庫県立芸術文化センターの大ホールに行きました。
欧州の一流楽団の来日公演とアカデミーオーケストラの性格を持つPACオケとの比較は酷かも知れませんが、これは日本のプロオケに感じていた事と共通の課題も内包しているので、日記に書いてみようと思います。

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1日にエサ=ペッカ・サロネン指揮、ヒラリーハーンのVn独奏、フィルハーモニア管弦楽団の来日公演を聴きました。
プログラムはシベリウス:交響詩「フィンランディア」
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調
シベリウス:交響曲 第5番
ヒラリー・ハーンが弾いたアンコール曲はバッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番より “ジーグ”
公演最後のアンコール曲はシベリウス:悲しきワルツ

ヒラリーハーンと曲目のシベリウスは人気もあり、会場は満席でした。
フィルハーモニア管弦楽団は英国の名門楽団であり、楽員の年齢層もやや高めの印象がありました。木管楽器群も老練な楽員を若手が支えるといった印象で、これから世代交代が一気に進むように思えます。

でも、出てくる音は柔らかな厚みがあるハーモニー。
弦楽器の奏法が、弓に適度なテンションをかけて弦の振幅と楽器の共鳴を最大限引き出すようなもの・
これは昨年聴いたバーミンガム市交響楽団に通じるものですが、ドイツのオケのような弓を押さえつけて緊張感と重厚な響きを出すものとは違いが感じられます。

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14日には、東京からマイミクのベルウッドさんが、拙宅に来られてUNICORNの音を聴いていただき、午後からはマレク・ヤノフスキの指揮、リーズ・ドゥ・ラ・サールのピアノ独奏で、兵庫芸術文化センター管弦楽団第77回定期演奏会「ラフマニノフ&シベリウス ロシア・北欧の調べ」を聴きに行きました。
プログラムはラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 op.30
シベリウス:交響曲 第2番 ニ長調 op.43です。
リーズ・ドゥ・ラ・サールが弾いたアンコール曲は前奏曲集 第1巻 第4曲 ”音と香りは夕べの大気に漂う”
公演最後のアンコール曲は指揮者のガエタノ・デスピノーサが作曲したアンダンテ・フォー・ドミートリ

演奏会の印象は、初めてPACオケの演奏を聴かれたベルウッドさんの感想に詳しくありますが、リーズ・ドゥ・ラ・サールのラフマニノフが非常に奔放でロマの音楽にある情熱的でしかも儚さ寂しさを感じる素晴らしい演奏であったのに対してオケの方は、有体に言えば弦楽器群の音色が弦の上面だけで楽器自体が共鳴する響きが薄いように感じ、その結果として弦楽器の音量が小さく聞こえます。

個々人の技術レベルは高いのですが、指揮者の意図するところの一つ一つのフレーズに込める主体的な情景描写が淡白に感じます。
これが演奏終了時に感じた、上手いんだけれど・・・・といった漠然とした不完全燃焼の感覚につながっています。
まだまだこれから研鑽を積んで本当のプロ演奏家に育って行く段階とは思いますが、オケの弦楽器パートの一員として、各パートを一つの楽器として響かせる技術の習得が必要ではないかと感じます。

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ベルウッドさんも、このオケの演奏会はお勧めでした。
そこで、PACコンサートの会場にあるチケット窓口で空き席を確認したところ、まだまだ空き席があったので、その場でチケットを購入して、翌週21日のベルリン放送交響楽団の来日公演を聴きに行きました。
プログラムはブルックナー:交響曲 第8番 ハ短調、1時間半もの大曲です。
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流石に大曲のブルックナーですからステージに溢れんばかりの楽員が並ぶと想像していたのですが、弦楽器は左手よりオーソドックスな10-9-8-7-6の配置ですが、国内オケならダブルで並ぶ管楽器群も基本どおりの3管編成でした。
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しかし、一旦演奏が始まると、管楽器の一人一人の音量が圧倒的。
まるで大排気量のエンジン音のような余裕あるロングトーンの輝かしさ。
弦楽器も負けじと楽器を響かせ、中音部を担うビオラやチェロの分厚い響きを支える地響きのようなコントラバス。
バイオリン群も弓を弦に押さえつけるように重みのある響きを聞かせてくれます。

これは、奏者がオケの各楽器パートを、あたかも一つの楽器として共有する意識に立ち、一体化のために訓練と研鑽を積んできた結果なのでしょう。
楽員の年齢層はクラリネットトップがやや高齢ですが、他の楽員は老若のバランスが取れており、新旧の世代交代が絶え間なく継続している良い例に思えます。
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こうして英国、日本、ドイツと3つのオケを一月の間に同じPAC大ホールで聞いて感じた事があります。
それは、日本の管楽器のレベルは吹奏楽の発展もあり相当高くなっては居るものの、声楽家のように体躯に楽器の音を響かせる演奏技術が弱いこと。

人種の違いによる骨格のサイズが欧米人に較べると大人と中学生の差ぐらい有ることも一因でしょうが、音量ということにもっと意識を向ける必要があると感じました。

また、弦楽器奏者の演奏にはより不満が強くなりますが、体格や使っている楽器のせいでは決してありません。
楽員一人一人が弦楽四重奏や五重奏を演奏するように、楽器を豊かに響かせる演奏を目指す必要性を感じました。

演奏会場となるホールの空間をオーケストラの響きで満たしていると感じるのか、ステージ上で演奏する音が放射されていると感じるのかでは、随分印象が違います。
オーディオではよく「SPに音が貼り付いて聞こえている」とか「部屋全体に音が回りSPの存在が消えたように感じる」とか言われますが、生演奏であっても同様な聞こえ方の感覚があると思います。

これはDDDユニットのUnicornを聴きだしてから、より強く感じるようになりました。

今の日本のオケで、この欲求不満を感じさせない演奏団体は「サイトウキネン」の他にはあるのでしょうか?
勿論、日本のオケの楽員達もプロ演奏家ですから、潜在的に技術は持っていると思いますから、後はもっと楽器を響かせる訓練を重ねることで改善出来ると思います。

最悪なのは、安易にエキストラを増やして数頼みになることです。
これは、オーケストラのアンサンブルを乱す上にエキストラ費用で財政状況を悪化させる諸悪の根源だと感じます。
固定のコアメンバーで固めるようにし、アンサンブルを統一するとともに、音量をもっと出して響きを厚くすることが大切です。
彼らには、今一度欧米の一流オケの生演奏を聴いて、それを体感して欲しいものです。

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コメント

Bellwoodさん、GRFさん
今回日記に苦言を認めたのは、やはり昨年のバーミンガムやバイエルン、今回のフィルハーモニァ、ベルリン放送オケを、同じPACホールで聴き、同時にPACオケも聴いたからこそですね。
日本と欧米の楽団の歴史の差は勿論あるでしょうが、今では日本のプロオケのほとんどの楽団員が海外に留学の経験を持っているので、頭の中ではこの差を理解していると思うのです。
でも、サイトウキネンの中では出来ることが、何故所属しているオケでは出来ないのでしょうか?
一度でも出来た時の快感を知ったらやって見ようと行動する筈ですが?

投稿: 椀方 | 2015/03/26 12:53

全く同感です!

今週、月曜日に武蔵野文化会館で、ヤノフスキー・ベルリン放送響のブラームス一番と二番を聴きました。武蔵野のホールは、音が響かないホールで、力のない演奏では全く音になりません。金管は二管編成ですが、弦楽器は16型で低い方が分厚く、気持ちの良い音で聴けました。数ある名曲の中でもブラームスの交響曲第一番は、よく聴いている曲の筆頭にあげられるほどですが、生の演奏では、一番素晴らしかったです。音のバランス、旋律の歌わせ方、ハーモニーの構成、テンポが素晴らしく、繰り返しをしているのですが、冗長な感じが全くしません。
少しだけテンポの速いクレンペラーを聴いている感じでした。

ヴィオラ・チェロ・コントラバスの安定した低弦楽器群にさせられて、木管も金管も、ティンパニーも歌っていました。素晴らしい演奏でした。アンコールで、ワーグナーのマイスタージンガーの前奏曲が演奏されました。鳥肌が立ちました。

投稿: GRF | 2015/03/26 08:16

その節はありがとうございました。

朝比奈さんがシカゴ響に客演してブル5を演奏した時に日本と同じに倍管を要求したら拒否されたというのは有名な話ですね。シカゴというと金管のことがよく言われますが、その管に負けない弦セクションの評価が高いのです。

エキストラというとこれを廃止した飯森さんと山形交響楽団の勇気ある改革が有名です。飯森さんは、山響は大きな音は出ないがいい音がすると自慢していました。

投稿: Bellwood | 2015/03/25 14:46

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