令和6年能登半島地震
2024年の元旦も穏やかな天候のうちに暮れると思われた午後4時過ぎのこと。
時間差配信されたベルリンフィルの年末恒例ジルベスターコンサートを視聴していたところに建物の揺れが始まりました。
直ぐに収まるだろうと思っていたらその振幅が大きくなっていくのではないですか!
凡そ20~30秒もユサユサと横方向に強く揺すられる感覚が続いたので、これは南海トラフで大きな地震が起きたのでは?と思いテレビ番組に切り替えました。
南海トラフ地震だと瀬戸内海の尾道に住んでいる子供のことが心配だったからですが、テレビでは能登半島で震度6強の地震と津波警報発令を伝えるアナウンスが緊迫した口調で避難を呼びかけていました。
一瞬は南海トラフ地震ではないし人口も少ないエリアなので大惨事にはならないのでは?と安堵した気持ちもありましたが、その後も立て続けに大きな余震発生のテロップが流れ、津波警報が大津波警報に切り替えられる事態になってくると、これは大変なことになっているかも知れないと心理的に動揺してきました。
私自身、阪神淡路大震災を大阪のマンションが一部損壊被害を受け家財も相当な損失を受けましたし、その後東京単身赴任時代にあの東北大震災で長周期地震動でオフィスビルが1メートル以上の振幅で揺れ動くのを体験しました。
そして大阪に戻ってきてからも北摂地域を襲った大地震の揺れに遭遇したので、地震の揺れとその後の被災地の惨状を伝える報道には心が騒ぐというある意味のトラウマがあります。
それにしても、能登半島は大きな地震だけでもここ数年で3回目では!?と驚きました。
お正月のテレビ番組もお屠蘇気分は吹き飛んで能登半島地震の報道一色になりましたが、被災地の自治体も正月休み故に人手が居ないのでしょうが、テレビの映像も各地のライブカメラ映像を繰り返し流すだけで一向に現地の詳しいことが判りません。
翌日になり少しずつ現地の被害状況が明らかになってきましたが、過疎高齢化が進む地域で家屋の耐震化が進んでいないという数値では判っていたことが、沢山の家屋の崩壊で多数の人達が生埋め被害に遭うという恐ろしい結果に現れているのに驚き悲しみました。
また、能登半島から遠く離れている新潟県でも液状化の被害が出ていたりして思いの外広範囲に被害が起きていることに驚きました。
そして能登半島では点々と存在する山間地や海岸沿いの集落が道路の陥没や山崩れによって孤立化し、今どうなっているのか自治体が把握出来ていないのも明らかになってきました。
数日が経過しましたが、相変わらず被害状況の全容が未だに把握出来ていないそうですが、道路が寸断されて車両が駄目なら空からヘリコプターやドローンの活用が迅速に進められているかというと報道を見る限りそうでもありません。
過疎による人口減から広域合併した自治体は、非常の際に所轄エリアをカバーする人材がそもそも足りないので、このような災害に遭った際の対応が目の前のことに忙殺されてしまっているように見受けられます。
避難所の運営にしても来た人を受け入れるだけで精一杯のようですし、支援物資の受け入れひとつとっても個人からのは受け入れ仕分けする人手がないというもどかしさを覚えます。
でも、そんな中懸命に捜索救助活動を行なっている各自治体から応援の消防警察や自衛隊員の皆さんに感謝しかありません。
未だ崩れた家屋の下敷きになったり孤立化した集落で救援や支援を待ち望んでいる方々全てに、安心できる支援の手が届くことを祈っています。
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